旧約聖書続編
旧約聖書続編と呼ばれるこの文書群は,一世紀末ユダヤ教で聖書の正典目録を定めるときに受け入れられず,ユダヤ人の聖書には含まれていない。しかし,もともとは紀元前三世紀ないしは二世紀から紀元後一世紀までの間に成立したユダヤ教の宗教的文書である。これらは歴史記述から知恵文学,民間説話,黙示文学など幅広い様式で記され,高い文学性を備えており,紀元前後のユダヤ教の多様性を伝える文書群である。
「知恵の書」と「マカバイ記 2」を除く他の諸書は,まずヘブライ語またはアラム語で記され,パレスティナ以外の地に住んでこれらの言語を解しないユダヤ人のために旧約の他の書と同様に,ギリシア語に訳されたものである。初期のキリスト教では,ギリシア語がいち早く共通語となり,キリスト者は離散(ディアスポラ)のユダヤ人たちが用いた「ギリシア語訳旧約聖書(七十人訳聖書)」と共に先の文書群も受け継いだ。
「七十人訳聖書」や「ラテン語訳聖書(ウルガタ)」などに含まれていたこれらの宗教的文書は,ユダヤ教に発するものではあるが,主にキリスト教の中で読まれてきた。キリスト教内で四世紀ごろからこの文書について,二つの見解が見られるようになる。すなわち,これは旧約の他の書に劣るとする見方と,同等とする見方である。今日,カトリック教会ではこれに旧約と同等の価値が付され,「第二正典」と呼ばれる。もっとも,「エズラ記(ギリシア語)」,「エズラ記(ラテン語)」,「マナセの祈り」は,カトリック教会もまた「アポクリファ」と呼んでいる。プロテスタント教会では,その価値を認める教会もあれば,これらのすべてを全く認めない教会もあり,そこでは「アポクリファ」あるいは「外典」と呼ばれる。本聖書ではこの部分全体について,『聖書新共同訳』で用いられたように「旧約聖書続編」という用語を採用する。
十九世紀までは,一般に旧約続編も翻訳して出版されていた。カトリックとギリシア正教では旧約の他の書の間に,十六世紀初めの若干のカトリック聖書と多くのプロテスタント聖書では,旧約と新約との中間に,まとめて置かれていた。本聖書は後者の慣例に従っている。(この慣例は,1987年に教皇庁キリスト教一致推進秘書局と聖書協会世界連盟が共同で改訂版を発表した「聖書翻訳におけるプロテスタントとカトリックの共同作業のための指針」が定めているところとも一致する。)
「トビト記」と「ユディト記」は,教訓を交えつつ,困難な状況の中で神を信頼し,その教えにいかに忠実に生きるかを示した民間説話である。ギリシア語本文による「エステル記」は,ヘブライ語の「エステル記」に,モルデカイやエステルの祈りなど,多少の追加をしたものである。「マカバイ記」の二巻はそれぞれ独立の書であるが,いずれも紀元前二世紀,パレスティナのユダヤ人に対する宗教的な迫害のゆえに起きた闘争を語る歴史記述である。
「知恵の書」と「シラ書」は,知恵文学に属し,知恵の追求を根本に置いている。とりわけ後者は実践的な訓告が散りばめられ,日常生活や人生の諸問題への指針を与えている。
「バルク書」と「エレミヤの手紙」は,預言書に類似した文書で,前者は罪の告白,知恵についての思索,エルサレムの慰めから成っている。後者は偶像崇拝に対する警告である。
「ダニエル書補遺」は「七十人訳聖書」に収められており,「アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌」など,ダニエルを中心人物とする三つの教訓的短編が含まれる。
「エズラ記(ギリシア語)」「エズラ記(ラテン語)」「マナセの祈り」は,「エズラ記(ラテン語)」を除いて,キリスト教の聖書のギリシア語写本によって伝えられ,いずれもカトリック教会では正典の中に数えられていない。「第三エズラ記」「第四エズラ記」「マナセの祈り」の名称でラテン語聖書の付録として出版されていたが,聖公会の聖書ではアポクリファに加えられている。
「エズラ記(ギリシア語)」の主題は,ヨシヤ,ゼルバベル,エズラによる礼拝の改革であり,これについての史料を提供する。「エズラ記(ラテン語)」は黙示文学に属し,おそらく一世紀末に書かれたと思われ,悪,苦しみ,迫害の問題や,神の裁きを述べている。「マナセの祈り」は短い文書だが,神に罪を告白し,赦しを乞い求める美しい祈りの言葉が綴られている。
『聖書 聖書協会共同訳』付録「聖書について」より